「はぁっ・・・間に合った、かしら・・」
悠里は肩で息をしながら、乱れたスーツを直した。
休日だというのに仕事が終わらず、学校から直に向かってきたのだ。
方向感覚に疎いため、初めてくるこのグラウンドになかなか辿り着けず、
相当な時間をかけて、やっと着いた。
人が多い。
大学同士の練習試合とはいえ、相当な数のギャラリーに加え、
報道陣やビデオカメラを構える人が多く見受けられる。
彼らの目当ては、
「キャーッ草薙さん!!」
「今日はスタメンですかぁっっ!!」
やっぱり。
悠里は苦笑いした。一はもてる。
ビジュアルだけじゃなくて、サッカーも上手だし、何よりあの笑顔・・・
悠里は遠くにいるだろう、一の姿を探す。
選手たちはジャージの上に長いベンチコートを着て、集まっていた。
若々しく話している姿の中、少し髪の伸びた一を見つける。
なんとなく微笑ましく、悠里は口元が緩んだ。
「草薙選手~!!」
「こっち向いてくださ~いっ!」
熱いギャラリーの声に応えたのか、一はちらりを彼女らを見やり、笑う。
そして再び黄色い悲鳴がとぶ。
「・・・照れ笑いが、かっこいいし可愛いのよね・・」
最愛の恋人の表情を見て、悠里は一人惚気た。
軽い練習試合のため、試合時間は短めに設定されていた。
早くに前半戦が終わり、観客らは少し不満そうな様子を露わにする。
「ん~、結局あんまり見えなかったわ。でも、一くん出てないみたいだし」
悠里は後方で背伸びをし、グラウンドを見やる。
ベンチコートを着たまま足先でボールを遊ばせる一は、穏やかな顔で
そこにいた。
「おい、草薙」
「はい、なんすか?」
ふいに監督に声をかけられ、一は答える。
「後半、出るぞ」
「マジっすか!よっしゃ!」
本当は大学リーグまで隠しておきたかったが、観客多いしな、と監督はごちた。
嬉しそうに本格的にアップを始める一に、観客も気づく。
草薙選手、出るっぽくない?
どこかから聞こえた声に、悠里はまた背伸びをした。しかし見えない。
「う~ん、行くしかないわね!」
悠里は観客の合間を縫い、そっと前方に進んだ。
「草薙がうらやましいよまったく」
長めにとられた合間の時間、仲間が一に声をかける。
「お前見たさに女の子いっぱいじゃん」
「少しくらい分けてくれよ」
「なに言ってんだよお前ら」
ふざけて言う仲間を適度に流す。
「あの子とか可愛くない?」
ギャラリーを見て選手たちが品定めを始めた。
「無理無理。あの子、草薙の番号のうちわ持ってんじゃん」
「くっそー!じゃああっちのお姉さんもーらいっ」
「あーいいねいいね!」
気の抜けた会話で盛り上がる楽しそうな仲間に、
一は呆れたように笑って、声をかけた。
「んな事してて楽しいのかよ。・・・ってあ」
「可愛い子探しが楽しくないわけないじゃんか!」
なんで、いつの間に――
一の目が一瞬見開かれたのを、仲間は気付かない。
「なぁ。さっきお前らが言ってたお姉さん、ってどれ?」
「お、興味もったか草薙!でもお前に教えるととられちゃいそうだから・・・」
「いいから、どいつって聞いてんだよ」
妙な威圧感を放つ一に、仲間は茶化して答える。
「あの端っこ。ピンクのスーツのOLさん♪」
やっぱり。
一は苦笑いした。
最愛の恋人は人を惹きつける。
「なぁ。あの人、俺のだからダメ」
「えっ、草薙?」
一はボールを置き、コートサイドから歩きだした。
一がベンチを後にし、悠里は内心とても喜んだ。
こっそり見にきたのだから、是非とも出場してほしかったのだ。
「そろそろ後半かしら」
他の選手と話している一はとても楽しそうで、見ているだけで嬉しくなる。
その一はずんずんとグラウンド中央まで歩いてきた。まだ止まらない。
まっすぐ顔をあげた一に、近くの女性たちから悲鳴がとぶ。
そんな彼女らを気にもせず、一は一点を見つめて、一番優しい笑顔を見せた。
――ゆーり、
俺のだからな声を出さずに口だけ動かした。
「・・・え?」
自然と顔が赤くなるのがわかった。
周囲の女性の視線が痛い。
そのまま一は満足げに踵を返し、戻っていった。
仲間に向けて口角をつり上げて。
「うわぁ・・・あのお姉さん大変そう」
仲間の声は後半戦開始のホイッスルにかき消された。
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