馴染みあるはずの体育館は、少し変わっていた。
卒業し、プロになってからも顔をだしていたが、
あの時以来きていないのだからそれもそうか、と清春は一人頭を振った。
「うしッ、やるかっ」
言うが早いか、ドリブルをしながらゴール目指して走り出す。
絵に描いた様なランニングシュートは見事にネットを抜けた。
早朝の体育館にボールの弾む音が響く。
こだまする反響に目を閉じて耳を澄ませた。
――清春くん――ボールの転がった壁際を見やる。
淡い桃色のスーツに身を包んだ悠里が笑ってボールを投げ返してくれる。
「・・・チッ」
いつまでたってもボールが戻ってくることはなく、
清春は舌打ちをして、ボールをとりにいった。
適当に活動してたバスケ部。
どんな軽いプレイにも、目を輝かせていた女教師。
恋人となってからも、変わらず笑っていたブチャイク。
結婚してからも変わらず、バカ正直で――
――清春くんのバスケをしている姿が、本当に好きよ――すぐ照れる悠里が、たまに真剣に思いを伝えようとすると、
逆に照れるのは清春だった。
そんな悠里が大好きだった学校。
初めて二人が出会った聖帝で、ラストゲームをしようと決めた。
ここには、あの恥ずかしがり屋のブチャイクがいる。
「ほんッとーに、間抜けだったよなァ?」
「真面目にやりなすわァ~い!とか言うクセに、自分がボーッとしてっし」
「仕掛けた悪戯には見事にぜぇ~んぶひっかかるしィ」
「作る料理は炭の塊でェ、アレはお前の武器だったなァ」
「周りに流されて余計なもんまで引き受けてェ」
「ClassXの担任も、バスケ部の顧問もォ、なーんでも」
「結局ぐだんぐだんになんのはお前だッつーのに、聞かねェし」
「オレ様によく言ってた割に、バカはどっちだッつーの!」
――そんな言い方しなくてもいいじゃないっ――顔を赤くしたあいつの顔が浮かぶ。
まだ声もしっかりと覚えてる。
「バカは・・・・オレだなァ」
改めてゴールに向き直る。
ゆっくりとフォームを作ると、学生時代のあの瞬間を思い出す。
そして、試合は始まった。
若い時からテクニックは変わらない。
しかし、明らかに足が重い。
見えているのに動かないことが多くなってきた。
あぁ、運動できねェヤツはこんな感じだったのか、と冷静に思った。
なかなか点差のつかぬまま、前半が終わった。
一度座ると足が余計に重くなる。
そんなことはとっくに知っている、でも、別に構わない。
清春はバッグを手繰り寄せ、薄い桃色のタオルを取り出し、かぶった。
――これ、もらったの!
あァ?ただのタオルじゃねーか。
そう見えるでしょ~?じゃじゃーん!三枚組なのよ!
はァ?んで?
ピンクとブルーとオレンジよ!親子三人で色違いっ
タオル程度で子豚は喜べんだナ
なによ、失礼ね!あ、清春くんは色、どっちがいい?
オレ様は青に決まッてんじゃねーか・・
ヤダっ!僕青がいい!!
あァン?お子様はオレンジって決まってンだよ
えっ、ホント!?
清春くん!嘘教えないの!
やっぱりウソじゃん!パパは意地悪だ!
うるセーガキ
二人とも!もう、清春くん、青ゆずってあげて
ったくなんでオレ様が・・
きーよーはーるくん!!
チッ。わァーッたヨ!ほれ
やったー!!パパ好き~!一緒にバスケする時使う~
お前がオレ様とバスケなんて100年早ェ!
うー!意地悪!鬼!
ふふっ。とりあえずまだこのタオルは使わないかな。
しまっておこうね――
「・・・・ピンクのタオルで泣いてんじゃねーよ!」
軽く遡った時間から、現実に引き戻された。
現在のバスケ界の新星が清春に怒鳴ったからだ。
思わず観客席を見上げると、顔を赤くしたヤツがいた。
――何やってるの、清春くん!――一瞬にして桃色のスーツがそれに重なった。
ンで、叱ってるお前のほうが必死な顔してンだよ。
まぁ、それがブチャなんだけどナ。
わかってンに決まってンだろ!
「うるっせェんだよガキィ!!」
言い返してから気づいたことがある。
あのガキは猫っかぶりしてたはずなのに、やっちまったな、と。
後半は気分が良かった。
足が重くても、楽しい気がした。
ラスト1分近く、ゴール下に人が集まるのを、冷静に分析している自分がいた。
計算は当たり、一歩も二歩も後ろでボールを受け取る。
ゴールを見た。
ボールを構え、フォームを作る。
壁際に桃色のスーツがいるのだ。
外れないでくれと、目を閉じたまま両手をしっかりと重ねて祈っている。
彼女のその姿が、はっきりと脳裏をよぎった。
試合が終わった。
相当息が上がり、自分が情けないと思ったのに、何故かスッキリしていた。
センターサークルに走り、大の字に寝転んだ。
寝転ぶと、心配そうに、時には笑顔で覗きこんできた愛しい人はもういない。
でも、確かにいた。
「悠里ィ!!ラストシュートだ!外す訳ねェだろ!!」
壁際で祈っていた彼女に、声をかけた。
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