「先生、ありがとうございました」
満面の笑顔で子犬を抱えた家族を見送り、私は処置室に戻る。
「お父さん、もう時間だよ」
「ああ、もう片付けるから」
白衣を翻し、カルテの束を持ったまま父は忙しなく動いている。
この小さい動物病院で獣医をしている父の評判は上々だ。
わざわざ県外から動物を連れてくる人も多い。
病院に併設された自宅に入り、私は夕飯の支度を始めた。
個人経営で獣医は父しかいないため、なかなかの激務だが、
父は持ち前の体力でしっかり勤めている。
「あー、さみいぃっ!」
青いフリースと正反対の、真っ赤な顔をした一が玄関を抜ける。
「夕飯お鍋だよ。早く手洗ってきて」
「おうっ!ただいまー悠里」
母の仏壇に一言声をかけ、父は洗面所に向かう。
料理の腕は俺に似て良かったな、と
もう何度目かわからないほど言われることを、また聞いた。
テレビを見ながら夕飯を食べていると、父が笑いだした。
「お前ほんとうに悠里そっくりになったな」
「そう?全然実感ないけどなぁ」
母の面影を思い出す父は、穏やかに笑うことが多い。
鍋をつつきながら、私はちらりと仏壇を見やる。
優しく笑う母の写真以外にも、沢山の写真が飾ってある。
若き日の両親や、有名人である父の友人たちが置いて行った物などで、
仏壇前はとても賑やかな状態になっている。
有名人の友人が多い父自身、プロのサッカー選手として活躍していた時期もあり、
当時に写真や雑誌の記事も沢山ある。
母が集めてまとめていた切り抜きはすごい量だ。
「なぁ」
父に声をかけられ、私はお茶を飲みながら目線を動かした。
スポーツ選手から獣医への急な転向をした父は、
昔から変わらず笑顔を絶やさない。
「これ、やる」
そう言った父が取り出したのは、細い金の鎖のネックレスだった。
「え?これ見たことある気が・・・」
あっ、と目線を仏壇に戻すと幼い私を抱く母の写真が目に入る。
その母の首元に、同じネックレスが光っていた。
そして、隣にある写真。
友人に囲まれ、やはり幼い私を抱く父の首にも同じ物が見えた。
「悠里のだ。俺がずっとつけてたけど、お前にやるよ」
受け取ると、あまりの軽さに驚いた。
そっとつまんで持ち上げると、小さな青い石が光っているのが見える。
「大事に、しろよ」
一瞬、何よりも真剣な目をした父が見えた。
「うん、もちろん」
サッカーをしていた時の真剣な表情を思い出す。
すぐに柔らかな表情に戻った父はまた食事に戻る。
「あー、お父さんそんなにがっつかないの!こぼすでしょ!」
「平気だっつーの!」
良い意味で野生的というか、荒く見える食べ方を注意すると、
父は毎回同じ様な返事をする。
「もう。そう言ってしょっちゅうこぼすんだよ!私知ってるんだから」
わざと意地悪く言うと、父は笑いだす。
「本当に、よく似てきた」
嬉しそうに笑う父は、涙をにじませるほど笑った。
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